今も息づき、歴史を語る郡中地区の古い町家たち

 伊予市商店街ができたのが、今から360年前と言われており、灘町、湊町は江戸末期から昭和初期にかけての古い町家が残っており、新旧が混在したバラエティーに富んだ空間を創り出しています。そして、その町屋のほとんどで今なお生活が営まれ、活用されており、県下でも珍しいケースだと言われています。
 現存する町家はどれも、町の発展と営みを見つめ続けてきた歴史を感じさせるあじわいある建物ばかりです。

@藤村石油邸(湊町)

1889年(明治22年)の建築。当時の本格的な木造建築で、正確な小屋組による五十梁で、日本の木造建築が最高の水準に達していることを表しています。保存状況もよく貴重な建築物です。

A仲田邸(湊町)

1921年(大正10年)の建築で、元酒造場。木材の選び方木目の美しさ、継ぎ手・仕口などの技術、正面の格子下にあるみかげ石の細工など、正確で細部までいき届いた見事な建築です。比較的地味なに感じる外観に比べて、室内、特に座敷の造りは、木造建築として最高の水準です。

B旧四国泉邸(湊町)

1862年(文久2年)に岡井九左衛門が造り酒屋として建築したもので、昭和後期から四国泉酒造場となりました。外観はその大きさ、高さ、屋根のかけ方など大店舗の特色をよく表しています。出入り口を中央に左手は帳場・居室部、右手は土間作業部屋、そして裏の醸造場へ続いており、土間の上にかかる小屋組が、見る者を圧倒します。

 

C伊予ショップガイド(灘町)

1911年(明治44年)に建築されたもので、洋風を取り入れようとする時代に応え、旧来の建築技術と融合したような造りになっています。円柱や柱頭の飾りなど、西洋の様式をまねた疑洋風建築物で、当時の伊予市の雰囲気がわかります。伊予農業銀行郡中支店として新築され、以後、愛媛銀行、芸備銀行、広島銀行と変わりました。

 

D徳本酒造店(灘町)

江戸後期から明治前期の建築で、醤油醸造所であった現地に、明治前期に酒造場店を開業したと伝えられています。内部には酒倉4棟があり、うち1棟は大正期の本格的な土蔵造りのものです。

 
 

E宮中酒店(灘町)

大正期の建築(推定)。天井の木組みや木材の太さなど見事な造りで、店内は、当時の風情を残しています。酢醸造店を経て、現在は酒販売店。

F宮内小三郎邸(灘町)

江戸後期(推定)の建築で、灘町の開拓者・宮内九右衛門氏(3代目以後は小三郎を襲名)の邸宅。本瓦の大屋根に入母屋の破風を持つ姿は、商家と言うよりも奉行所ともいえる貫禄があります。また、正面左にあるうだつは、県下でも最も格式の高い形式のものです。
敷地内には、江戸時代に建築された古隠居所、明治45年に建てられた数奇屋風の隠居所が現存しています。

 

 

G山惣商店(湊町)

1860年(万延元年)に旅篭として建築されたもので、内部は創建時の間取りをよく残しており、店の間は板張りのまま、大黒柱から左は帳場などがあり、当時の店の様子がよくわかります。また、2階の部屋はすべて床の間があり、旅篭の特徴を示しています。江戸期の大型商家の典型的な例。

 

紹介する町家の位置